世界四大文明=文字の発明 その①
このブログでは、この先、人類にとっての『伝承の発明』について見ていきながら、最終的には、未来の人間型ロボットが人類にとって、次の『伝承の発明』になる可能性が高いことを証明していきたいと考えています。そのためには、もう少し人類の歴史を振り返りながら、『伝承の発明』が人類の発展にどのように影響してきたのかを捉えておく必要があります。今しばらく、お付き合いいただければと思います。

HondaロボットP4/ツインリンクもてぎHonda Collection Hall
※ASIMOにつながるプロトタイプモデルの最終版。これまで、ほとんどメディアなどに露出しなかったため、幻のモデルと言われている。
さて、前回は我々の祖先であるホモ・サピエンス・サピエンスが誕生してから、最初の『伝承の発明』である『言語』が発明されるまで、おおよそ18万年の月日が掛かり、『言語』の発明から次の『伝承の発明』である『文字』の発明までは、おおよそ1万5千年の年月が必要であったことをお話ししました。
そして、人類の発展は一様に伸びていくのではなくて、『伝承の発明』が分岐点となって、その後、飛躍的に発展を遂げることを見てきました。
今回からは、『文字』と四大文明のかかわりについて考えて行きたいと思います。
世界四大文明については、皆さんよくご存知ですよね。
そうです、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明の4つのことを世界四大文明と呼んでいます。また余談ですが、これらの4つの文明に加えて、アメリカ大陸のインカ文明とメソアメリカ文明を合わせて世界6大文明とも呼ばれています。
それぞれの文明の特徴については、『ロボットと人類』というこのブログの趣旨には、あまり必要がありませんので、ここでは取り上げないこととします。
世界4大文明という考え方は、これらの大文明が最初に起こって、それ以外の文明がこれらの大文明によってもたらされたという文明史の一つの見方ですが、考古学が盛んになった今となっては、初期の文明が4つに限定されるというのは、少々古いくさい概念と考えられているようです。
というのは、これらの4大文明以外にも、中国の長江文明やアマゾン文明、メコン川流域のバンチェン文明などが、それぞれ独立した文明として存在したということが判ってきているからです。
とは言いましても、我が国では、世界四大文明という言葉は一般的に受け入れられているので、(ヨーロッパやアメリカで世界四大文明というような言葉や概念がポピュラーなのかは調べていません。どうなんでしょうね、近いうちに調べてみます。)ここでは、『文字』と四大文明ということを中心に、話しを進めて行きたいと思います。
このブログで考えて行きたいことは、『伝承の発明』が人類の発展にどのように関連しているかということなので、広い意味で、人類の文明が飛躍的に発展した時期として、世界四大文明の時代を取り上げたいと思います。
世界四大文明といわれる各地での文明には、次のような共通する特徴があると言われています。
1)小麦の栽培を主とする農耕が行われていた。
2)文明の中心地に、チグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河の大河があり、農耕の基礎となっていた。
3)農耕によって定住が進み、王国などの組織や、神官などをはじめとする特定の職業があった、
4)『文字』が使用され、記録が残されるようになった。
これらの世界四大文明に共通するといわれる特徴は、相互に関連しあっています。ニワトリタマゴではありませんが、どれが最初でどれが結果なのかを言うのは難しいと思いますが、多分、これら四大文明のスタートは、氾濫した河川の跡に自生した小麦が大量に生えていたのを発見したことから始まったのでしょう。それを収穫した人々は、何時の日か、自分で小麦の種を植えることを始めたのではないでしょうか。
これにより、肥沃な大河の水を利用することで農耕ができるようになった。それは、河川の氾濫によって、大量の肥沃な土砂が毎年供給され、そこに種を撒くだけで比較的簡単に栽培することのできる小麦を植えることで農耕を行うことができた。それまで行っていた狩猟が極めて不安定にしか食料を確保できなかったことに較べて、農耕を行うことで、安定した食料の確保(食い扶持が増やせたということですな。)が可能になり、かつ、狩猟や採取のように、動物や季節ごとに変わる実りを追う必要が無くなり、同じ場所で同じように農耕を行った方が効率が良いことから、定住が進んだのだと思われます。
定住が進むということは、都市が生まれたということです。さらに農耕によって生まれた余裕は、人々を食べるための生活、生きるためだけの生活から、さまざまな文化的な活動が行えるように変貌させました。
前回登場したクロマニョン人は、洞窟の中に素晴らしく美しい壁画を残していますが、所詮彼らは、狩猟や採取の合間にこれらの文化的な活動をしていたに過ぎません。
それに対して、四大文明の特徴として、「王国などの組織ができた。そこには神官などをはじめとする特定の職業が発生した。」ということを挙げています。この狩猟や採取の片手間に壁画を描いたのと、四大文明で特定の職業が発生したということの間に、とっても大きな隔たりがあることは容易に想像できますよね。
例えば、王様は自分では農耕はしません。多分、神官も自分では農耕しなかったでしょう。これはつまりどういうことか。時間を持て余した人が生まれたということです。
いずれにしても、我々現生人類であるホモ・サピエンス・サピエンスは、時間が余って放って置くと、色々なことを始める生物であるようです。このことは、このブログでも後々述べて行くことになると思います。
人間型ロボットが『伝承の発明』となり、将来人間が、さらに使える時間が増え、人間の範疇を超える能力を手に入れたり、ロボットが人間の代わりにさまざまなサービスを提供できたり、仕事などを肩代わりできるようになったとしても、多分、人間は新しい何かを見つけて、それを行っていくんだと思います。
もちろん、その時々には、色々な軋轢もあったりするんだとは思います。しかし、これまでも人類は、新しい何かを見つけると、他の人たちも追従して適応してきたのだと思います。
余談ですが、前回までのブログに登場したネアンデルタール人は、「頑固者だったのではないか?」と考えられているようです。私は、この考え方については少々疑問があるのですが、ネアンデルタール人が頑固者だった根拠としては、数万年~数十万年に渡って、その生活様式を変えなかったことや、ヨーロッパを中心とするユーラシア大陸に住んでいたネアンデルタール人は、氷河期が近づいているにも関わらず、その場に居座り続けたのではないか、それが原因となって絶滅したのではないかと考えられているからだそうです。一方、我々の祖先であるホモ・サピエンス・サピエンスは、アフリカを起源に、ヨーロッパ、アジア、北米、南米と移動を続け、住む場所を変えてきたことが、生き残ってこられた一因と言われているようです。
なかなか、本題の『文字』の発明と人類の発展に話しが戻りません。
残念ながら、今回はこれぐらいにして、次回からは、世界四大文明の頃に世界各地で発明された『文字』が人類の生活や文化などに、どのような影響を及ぼしてきたのかを考えてみたいと思います。
Text by Dontacos Hayakawa